日本評論社 経済セミナー 2025年12月・26年1月号 「白川方明 元日銀総裁インタビュー」を読んで

Published

December 12, 2025

経済セミナーおよびnoteで公開された、白川元日銀総裁と東大の服部先生の対談記事を拝読しました。

経済セミナー  2025年12月・2026年1月号 トランプ関税がもたらすもの

白川方明 元日銀総裁に聞く「当座預金付利制度」(聞き手:服部孝洋)

白川方明 元日銀総裁に聞く「日銀の情報提供について」(聞き手:服部孝洋)

日本の短期金融市場をめぐる、これまで必ずしも広く共有されてこなかった歴史的経緯が多く語られており、非常に興味深い内容でした。

ここでは、対談で提示された論点のうち、中銀の当座預金(以下、準備預金、Reserves)の制度設計が抱える本質的な難しさと、米国の準備預金制度が直面している課題について、私見を述べたいと思います。

1. 準備預金の多面性と制度設計のジレンマ

中央銀行のバランスシートにおいて、準備預金(Reserves)は多面的な機能を兼ね備える負債項目です:

  • 金融システム安定(Financial Stability)手段 : 準備預金制度や流動性規制(LCR: Liquidity Coverage Ratio)などを通じて、金融システムの安全性を支える

  • 金融政策(Monetary Policy)手段: 付利(IOR: Interest on Reserves)や準備預金制度を通じて短期金利を誘導する

  • 決済(Payment & Settlement)手段: 銀行間決済における最終的な支払手段として決済システムの円滑な運行を支える機能

準備預金に関する制度設計が難しいのは、こうした多面性の重みが国ごとの金融構造によって大きく異なるため。さらに問題を複雑にしているのが、準備預金には「決済に使われる支払い手段」と「銀行が手元に保持したがる価値貯蔵手段」という相反する二つの性質がある点です。

準備預金を決済に用いることは、銀行にとって自らの保有する希少な流動性資産を手放すことを意味します。一方で、現代の銀行にとって準備預金は単なる決済資産ではなく、LCRを満たすための適格流動資産(HQLA)であり、付利を通じて利払いが得られる安全資産であり、不足すれば市場調達か中央銀行の貸出ファシリティ(米国ではDiscount window)に依存せざるを得ない流動性資産、という側面もあります。

このため、安全資産の価値貯蔵としての側面が強くなりすぎると、銀行は「希少な資産を手放したくない」と考えるようになり、決済に消極的になるインセンティブが働きます。こうした行動が蓄積すると、決済フローに摩擦が生じ、最終的には決済インフラの脆弱性につながる恐れがあります。

2. 準備預金は誰のもの?: 米国における近年の議論

さらに制度設計を複雑にしているのが、「誰がこの希少な資産(準備預金)にアクセス権を持つのか」という境界線の問題です。対談でも、日本において短資会社や証券会社が日銀当座預金口座を保有に至った歴史的経緯が丁寧に紹介されていました。

中銀の準備預金に誰がアクセスできるかは国ごとに大きく異なりますが、米国では現在、誰が口座(マスターアカウント)を保有できるのか、誰が付利を受け取れるのか、といった点が政治的な論点として注目を集めています。準備預金へのアクセス、付利の享受、そして中銀「最後の貸し手」機能へのアクセス権は、本来一体的にデザインされるべきですが、実際には必ずしも一致していません。

例えば米国では、GSE(Government sponsored enterprise, 政府支援機関)は歴史的経緯はから中央銀行であるFedに口座を持ちますが、付利の支払いは対象ではない、という立て付けになっています。この制度的なねじれが、GSEが付利(IOR)を下回る金利で資金を放出する構造を生み、政策金利であるフェデラルファンド金利(FFR)が恒常的にIORを下回るという米国特有の短期金利形成構造の要因となっています。

また、近年では、Custodia(暗号資産会社)といった非伝統的金融機関がマスターアカウント付与を求めてFedと訴訟に及ぶ事例も出てきています。 こうした事情を背景に、FedのWaller理事が提唱しているのが、Skinny Master Accountという構想です。これは、準備預金が持つ(i) 決済、(ii)付利、(iii)貸出(最後の貸し手機能アクセス)という三つの機能を切り離し、暗号資産会社といった非伝統的金融機関には決済インフラへのアクセスのみを提供するという構想です。しかし、リスクを遮断の実効性などについては議論が尽きず、準備預金口座の保有権はホットな政治的トピックとなっています。

3. 金融政策運営における課題:QEとQTの非対称性

最後に、Fedにおける準備預金と金融政策(特に QT)の現在の関係について簡単に整理しておきたいと思います。一般的な経済学の説明では、量的緩和(QE)と、その逆である量的引き締め(QT)は、中央銀行バランスシートの「拡大」と「縮小」という意味で、ほぼ対称的なプロセスとして描かれがちです。しかし実際現在 Fed が行っている QT は、単純な QE の巻き戻しとは様子がかなり異なっています。

まず前提として、米国をはじめとする主要国中銀の金融政策の実施枠組みは、2008年リーマンショック前後で大きく変わりました。note記事で白川元総裁も言及していましたが、 2008 年以前、Fedはいわゆる「少額の準備預金(scarce reserve system)」のもとで、公開市場操作(オペ)を通じて準備預金の供給量を細かく調整することでフェデラルファンド金利(FFR)を誘導していました。銀行は準備率と日々の決済ニーズに縛られており、余剰・不足資金を FF 市場で積極的にやり取りしていたため、中銀の準備金供給のわずかな変化が金利に大きく効く環境でした。

しかし、2008年のリーマンショック以降の大規模な資産買い入れにより、銀行システムに流入した準備預金が一気に積み上がり、準備率のために銀行が準備預金不足を積極的に調整することはなくなりました。この過程で導入されたのが準備預金付利(IOR)であり、FFR の下限を IOR が決めるフロア制への移行が進みます。2019 年には Fed が今後も「潤沢な準備預金(ample reserve system)」体制を金融政策の枠組みとして維持していくことを正式にコミットし、2020 年には準備預金規制の基準そのものも0%に改められました。

Fedの金融政策の実施枠組みの変遷(筆者作成)

理論上は、IORを導入し、銀行システムに潤沢な(Ample)準備預金を供給すれば、短期金利のコントロールは盤石になるはずでした。ところが実際には、先ほど触れたGSEなどの存在により、FFRがIORを一貫して下回るフロアの機能不全 (Leaky floor)」が常態化しました。この構造的欠陥を補完するため、Fedは2013年にON RRPファシリティを導入し、GSEやMMFなどのノンバンクにも安全な運用先を提供することで実質的な「フロア(床) 」を補強しました。 また、2019年9月のレポ金利急騰は、どの程度の準備預金がAmpleなのかは分布に依存するため真には分からない、という問題を浮き彫りにしました。こうした教訓を踏まえ、Fed は 2021 年にStanding Repo Facility(SRF)を設置し、レポを通じて必要時に即座に流動性を供給できるセーフティーネットを整えました。

このように米国では、Ample Reserves 制度は単に「準備預金を十分に供給し、IOR を設定すれば済む」という単純な仕組みではなく、ON RRP や SRF といった補完的ツールを組み合わせて成り立つ、かなり繊細なオペレーションの上に成り立つ制度です。 そして問題は、QT(量的引き締め)の局面では、この仕組みがそのままバランスシート縮小の制約として浮き上がってくる点にあります。

バランスシートの縮小(=資産サイドの国債・ MBS の償還)が進めば、負債サイドの準備預金も減少します。しかし、どの水準まで準備預金を減らしても市場は正常に機能するのかについては、Fed自身も手探りで政策運営している状態です。実際に、市場の安定を損なわずに維持できる最低限の準備預金の予想値(Lowest Comfortable Level of Reserves: LCLoR)はQTの過程で過去何度も繰り返し上方修正され続けています。

さて、こうしたQTにおける制度的な試行錯誤を経て、Fedのバランスシート政策は最近新たな局面に突入しました。まず10月に、それまで続けてきたバランスシート縮小(QT)を12月1日に終了することを発表しました。そして続く12月FOMCにおいて、政策金利の引き下げと同時に、Ampleな準備預金を維持するため短期国債の買い入れを行う、という内容の Reserve Management Purchases(RMP)を発表しました。

Fed の説明では、RMP はあくまでもAmple reserves system を保持するためのテクニカルな調整的立ち位置であり、 長期債購入による景気刺激を意図したQEとは区別されています。しかし、その実体や市場への波及効果が、額面通り「技術的な調整」に留まるのか、あるいは実体経済や資産価格に影響を与えるのかは、現時点で必ずしも明確ではないとの指摘もあります。

今後、RMPによってFed自身の保有資産は短期化し、 国債のデュレーションリスクは民間部門(銀行、ヘッジファンド、海外投資家、さらには海外公式部門)側に徐々にシフトしていくでしょう。これに伴い、財務省が発行を短期債にシフトさせるインセンティブも高まるため、財政政策・国債発行にも影響を与える可能性があります。

したがって、2025年12月現在のFedのバランスシート運営をみると、

  • 資産サイドでは国債は償還分をロールオーバーする一方、MBSの償還分をRMPによってT-billへ再投資することで、実質的なQEポジション(信用リスク・デュレーションリスク)を解消しつつ、

  • 負債サイドでは Ample Reserves を維持するために RMP による拡大を行い、

  • 市場の安定のために ON RRP や SRF といった補完的政策ツールを活用する

という、複雑なプロセスになっているのが実態です。

おわりに+ちょこっと宣伝

白川元総裁と服部先生の対談は、日本の短期金融市場を形づくってきた歴史的・制度的背景を丁寧に議論したものであり、金融システムの 「Plumbing(配管)」 の重要性に重点が置かれた内容でした。

QE 期の議論が主として、中央銀行がどれだけ長期資産を買い入れるのかというバランスシートの資産サイド発の波及効果に焦点を当てていたのに対し、QT が進む現在の Fed や ECB では、どの水準まで準備預金を減らしても市場が壊れないのか、といった負債サイドの問題がより論点として浮かび上がってきています。標準的なマクロ経済モデルでは往々にして見過ごされがちな制度的ディテール(Plumbing)こそが、まさに現在の QT(量的引き締め)局面や国債市場といった金融システムの安定性を左右する鍵になっていると個人的には感じます。

私の直近の研究も、この捨象されがちな Plumbing を理論と実証の双方から解明することを目的としています。国際金融規制や金融政策が生み出す複雑な裁定インセンティブが、短期金融市場や国際的なドル市場にどのように波及し、多様な主体の安全資産の保有行動をどのように形づくっているのかを分析しています。

FedのQT が進行し、Ample reserves 制度の持続可能性と金融システム全体の安定性が問われるなかで、こうした制度的ディテールの理解はますます重要になると考えています。本稿の議論や、金融システムの制度面にご関心をお持ちの方は、ぜひ私の研究にも目を通していただければ幸いです。

Footnotes

  1. 対談中で言及されているクラウディオ・ボリオ氏の論文は “Getting up from the floor” (https://www.bis.org/publ/work1100.pdf)、またニューヨーク連銀スタッフによるレポートは “The Dynamics of Deposit Flightiness and its Impact on Financial Stability” (https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4873784) を指していると思われます。↩︎

  2. 対談では白川元総裁が「もっと言えば、準備率を操作して金融政策を運営するということは、実は最初から最後までなかったと思います。そういう説明は教科書には書いてありますが、そんなことは昔から行われていませんでした。(中略)経済学のテキストに記載されている世界と現実が乖離している一例です。」と言及されていたのが印象的でした。↩︎

  3. https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/waller20251021a.htm↩︎

  4. 付利の根拠となる法的権限は、2006年に成立した Financial Services Regulatory Relief Act 。同法は、Fed が準備預金に利息を支払うことを 2011年以降認めることを規定していたが、リーマンショック後の危機対応の一環として、その適用開始時期が前倒しされ、2008年10月から IOR の運用が開始された。↩︎

  5. 月額400億ドル規模とされている。 https://www.newyorkfed.org/markets/opolicy/operating_policy_251210a↩︎

  6. https://www.ft.com/content/b42b9b28-1eb9-411b-b875-a0d7609d59b7?shareType=nongift↩︎